
「世界一美しい広場」
大学生の時、夏休みを利用して友達2人とイタリアに行った。今思うと信じられないくらいの貧乏旅行だった。10日弱の滞在で、ローマ、フィレンツェ、ベネチアの3都市を観光する過密スケジュール。せっかく行くなら名所を網羅したいという思いが強かった。しかし、さすが世界で最も世界遺産を保有している国。行く場所の取捨選択に非常に頭を悩ませたことを覚えている。
美しい街並みにおおらかな人柄、そして私の中の死ぬ前にもう一度食べたい物ランキング1位になった本場のイタリア料理。魅力満載で語るときりがない。中でもベネチアでの体験が心に残っている。
水上都市のベネチアに電車や車はなく、移動は全て船か徒歩。節約を心がけていた私たちは、熱い日差しの下、歩いて「世界一美しい広場」といわれるサン・マルコ広場を目指した。
汗だくで広場にたどり着いた時、美しい景色に圧倒されると同時に、妙な違和感を覚えた。なぜかこの光景を見たことがある。イタリアに来るのは間違いなく初めて。テレビや映画で見た可能性も低い。首をかしげつつも、興奮する友人とともに広場内にある大聖堂に向かった。
入り口にある青銅で造られた4頭の馬を見てひらめいた。ダン・ブラウン著「インフェルノ」に登場した場所だった。文字を読んで頭の中で思い描いた景色と、実際の風景が全く同じだったのだ。本を読んだ時は、実在する建物や場所が舞台になっているとは知らなかった。ただでさえ複雑で荘厳な建物なのに、読者が実物に近いイメージができるほど的確な言葉で表現できるなんて! と衝撃を受けた。私もこの景色を言葉で表してみようと挑戦したが、もちろん無理だった。
その体験がきっかけで、ぼんやりと「言葉に関わる仕事に就きたいな」と考えるようになった気がする。あの広場は今の私にどう見えるのか、もう一度イタリアに行きたい。