スマホ世代の既読本

「家にいたい」

pha著「どこでもいいからどこかへ行きたい」幻冬舎

家にいたい

 私の家は、夏休みや冬休みに家族旅行をするような習慣はなかった。祖父母の家も車で15分ほどなので、帰省を兼ねた旅行という経験もない。しかも毎週のように家に遊びに行っていたので、お正月といっても特段珍しさはなかった。いつもと違うのは、少し豪華な食べ物とお年玉がもらえることくらい。休み明けに同級生から聞く帰省エピソードが、内心すごくうらやましかった。

 その反動もあってか、大学生になると、自由な時間とアルバイト代のほとんどを旅行に費やした。東京や大阪、福岡の大学に進学した友人に会いに行くこともあれば、コスメを求めて韓国に行き海外デビューを果たしたりした。国内外問わず、あらゆる場所を友人と飛び回った。旅行にトラブルはつきもので、楽しいことばかりではなかったが、今では笑い話だ。数年たった今、一緒に旅行した友人とする思い出話も楽しみの一つである。

 そんな私たちの旅行にはいつも目的があった。ミケランジェロの「最後の審判」が見たい、ゾウに乗りたい、おいしい海鮮が食べたい。自分たちのわがままを自分たちの力でかなえるために、寝る間も惜しみバイトを掛け持ちした。目標があるから頑張れた。

 「どこでもいいからどこかへ行きたい」を読んで、あてもなく旅に出る人がいることに衝撃を受けた。何もかもが自分と違う。いつもと違う場所で、いつもと同じことをする。単に日常から距離を取ることが重要らしい。私は目的地のない、どこでもいい旅をするくらいなら家にいたい。

 しかし読み終わる頃にはこの「緩い旅」の魅力も分かってきた。私たちの旅はいつも時間に追われ、泣く泣く諦めることがたくさんあった。1人でも遅刻すると、みんなの予定が変更になる。そういったトラブルとは無縁の旅も悪くない。自分の気持ちを楽にするために、ふらふらとどこかへ行く。気兼ねなく出歩ける日になったら一番に実践してみよう。

すみ

すみ

「連載タイトル / スマホ世代の既読本」 大分市・1998年生まれ。小説ならミステリー、漫画なら少年漫画が好き。部屋の本棚は、本が増えるたびに祖父が増築してくれた手作りのもの。映画もアニメも生活の一部で、三つの動画配信サービスに登録する。

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